...小説


一際輝くシリウス


 二月も終わりのある日。
 忘れもしない。
 “彼”が私の元に現れた日。

 気温が低く、寒くてなかなか寝つけなかった。
 そのとき恋をしていたせいもあったかもしれない。
 好きな人のことを思い出すと一人でも顔を赤くしてしまうほどだった。あのときまで。

 眠ることをひとまず諦めて、気分転換しようと外へ出た。
 真冬なので当然寒かった。
 でもしばらく空を見ていた。
 すごく綺麗だったから寒いのも我慢できた。
 星座は分からなかったが、並んだ星とか、でっかい星とかを見てきっと何かの星座だろうな、と思って調べてみようと家の中へ入ろうとしたときだった。
 いきなり背中を蹴られてよろけそうになった。
 あまり痛くはなかったけど、腹が立ったので怒ろうと振り向いた。

 でっかい犬が目の前にいた。

 驚いて私はしりもちを着いてしまった。
 白っぽいような青っぽいような毛の色の犬で、四足ついた姿勢で2メートルほどあった。
 青白く鋭い目で私を見下ろされてた。
 私は動けなかった。でもなんかあんまり恐くなかった。
 もしかしたら食べられるかもしれないのに。
 じぃっと見詰め合ってた。
 目を離せなかったんだけど。

「乗れ」

 あの犬はこう言った。
 お尻を地面につけておすわりの姿勢になって背中を向けられた。
 意味が理解できず戸惑っていたら、でっかい口でお腹をくわえられて宙へ投げられた。
 その状況を把握する前に私はその犬の背中に、見事に乗っかっていた。

「しっかり掴まれ」

 そう言われたはいいけど、毛を掴むわけにはいかないので、首に腕を回した。
 そうした途端に、犬は走り出した。ものすごいスピードで。
 ちょっと走っていると犬の足が地面から離れだした。
 しばらく地上を走っているものだと思っていたが、ふと下を見ると建物がずいぶんと下の方にある。
 驚いて手を離しそうになった。
 犬はそんなことお構いなしに相変わらずの速いスピードで走っていた。
 高いところはあまり得意では無いので、目を瞑って振り落とされないように犬につかまっていた。
 だから途中どこをどう走っていたのかは全然分からない。
 でも結構な時間だったことは覚えている。

 着いたと言われて目を開けた。
 目的地を告げられてなかったので、どこに着いたのか分からず犬の目を見る。
 犬は自分の体の下にある建物を見下ろしていた。
 私も見下ろした。
 見下ろした先は私の好きな人の家だった。
 どういう仕組みだか分からないが屋根が無いように中が透けて見えた。
 真っ先に目に入ったのが、裸の男と女がベッドの上で激しく抱き合ってる姿。
 見飽きるほどに毎日見ていた男の後頭部が見えた。
 男の下にいる女と目があったような気がした。そんなことはあるはず無いが。
 私は涙も出せずに犬に言った。

「走って」

 再び犬の首に腕を回した。
 犬は再び空気を蹴って走り出した。

 しばらく顔を上げることが出来ないで、犬の首をしめていた。

「痛い」

 そう言われたので、腕の力は緩めたが、頭の中は怒りで煮えていた。
 好きな人にも腹立ったし、犬にも腹立った。
 なんだか自分にも腹立った。
 犬がどうしてあの光景を見せたのか分からなかった。

「会いたかったんじゃないのか。あいつに」

 所詮犬か、きっと私の今の気持ちも分からないだろう、と思っていた。
 だけど次の言葉を聞いて違うとわかった。

「あの男に狂うのは止めとけ」

 今では犬のしてくれたことをありがたいと思う。
 だって、この前“あの男”にカツアゲされそうになった。
 もちろん殴った。あまりにもムカついたから殴ったり蹴ったりぼこぼこにしてやった。泣いて向こうからお金出してきたけど、受け取らなかった。
 結局、あの男が最低なやつだって分かって良かった。
 でも、その時は分からなかったからやっぱり悔しかった。
 泣き叫びながら、走りつづける犬の背中をバシバシ叩いた。全然力入らなかったけど。

 私が泣き止んでも犬は走りつづけていた。
 一体いつまで、どこまで走るのだろうと、ぼうっと思っていた。

 この犬はいったい何なのだろう。

 それが言葉に出ていたのか知らないが犬が答えた。

「オレは星だよ。シリウスって名前の」

 調べてみたら、シリウスとは大犬座の中の星らしい。青く鋭く輝くことから犬の目に例えられたという。
 どんなに調べても、どうしてあの犬が私の元へきたのかはわからない。
 あのときも理由を聞いてみようとは思わなかった。
 ただ自分を乗せて走っている犬が星なんだ、としか思わなかった。

 頬に針のようにあたる真冬の風はとても痛かった。
 だけど、犬の体がとても暖かかった。
 毛に顔をよせると堅すぎず柔らかすぎない感触があたった。
 見上げなくても沢山の星が目の前にあった。
 この星の中からこの犬はやってきたのか、と思うとドキドキした。

「その星まで行こうよ」

 私は目を閉じた。
 目を開けていたらどこにも行けないような気がしたから。
 でもどんなに目をきつく瞑っても、景色がどんどん過ぎていくのが見えていた。
 星や地上の光が私達を見ているようだった。


 気がつくと私は自分の部屋のベッドの上にいた。
 外は明るく、時間は早朝。
 あのことは夢なのか現実なのかは今でもわからないけど、なんにしても素敵な想い出だ。


(おわり)

2006/3/26




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