...小説


拍手


 朝、空は全体的にうっすら曇っている。

 私はいつものように自転車に乗って学校へ行く。自転車のかごには重たいカバンが入ってる。ハンドルにはお弁当がかかってる。

 信号を何個かわたったら直線の道が長くつづいていた。民家はあまり無かったが、通学路なので人、特に学生はそれなりにいる。

 いつものように、少し広めの駐車場があるコンビニの前を通り過ぎようとした。

 するといつもこの時間では見かけない人がいた。

 どうやら朝帰りの酔っぱらいのおじさん三人だった。なにやら楽しそうに笑いながら、そこのコンビニの駐車場の真ん中に並び始めた。

 なんと大声で歌い出した。

 私はブレーキをかけて止まった。気になったから。

 周りの人間はくすくす笑いながら見たり、変な物を見るような目で見たりして通り過ぎていった。コンビニの女の店員の人はびっくりしたように見ていた。

 歌はぜんぜんうまくなかった。べろんべろんに酔っぱらってやっているようではなかった。楽しそうにへらへら笑いながら歌っていたが、頬から赤い色が耳までどんどん広がっていった。

 面白かった。馬鹿にしているわけではない。

 周りに私も見られてると気づいた瞬間、恥ずかしくなって顔が赤くなった。それでもブレーキに手を掛け、左足を地面につけてその光景を見ていた。

 面白いというより、気分が良くなった。心が晴れていくような気がした。なぜ恥ずかしがりながらもこんなことをするのか分からない。でもなんか気持ちがよかった。

 ついにひとりが軽く踊り出してしまった。

 それにつられてか残りの二人も、バラバラだが踊り出してしまった。腕をぶらんぶらん、足をくねくね。

 宴会芸か何かの練習なのだろうか。それにしては適当すぎる。

 しかもその踊りがだんだんラジオ体操っぽくなってきた。腕を上げたり下げたり、ジャンプしたり。たぶん他に踊りを知らないから無意識のうちにそうなってしまうのだろう。そのせいなのか、三人の踊りがそろってきてしまった。

 私は知らずうちに頬を緩ませていた。おかしかった。大爆笑したかったがそれはこらえた。

 最後は全員同じポーズで終わっていた。

 ありがとうございましたぁぁああ! と頭をめいっぱい下げた。おわりの合図だ。周りの笑い声が増えた。

 私も笑った。心の中で大爆笑した。馬鹿にしてみている人を馬鹿だと思った。

 こんなに面白くて新鮮なものは初めて見た。

 拍手を贈ろうと思った。

 でも、ここで両手を話したら重たいカバンの入っているかごと弁当がかかっているハンドルが傾いてしまって倒れてしまう、と長年の自転車の経験から一瞬で感じた。

 拍手はできなかった。その代わりにハンドルに手を掛けながら、満面の笑みを贈った

 すばらしい! よくやった! 生意気にもそういう気持を込めた。

 おじさん三人は、ありがとうございました! とまた言って頭を下げた。きっと伝わった。

 三人が恥ずかしそうに肩を縮めながら解散し始めたので、私もまた自転車をこぎ始めた。

 途中、学校へ行く生徒をなん人か抜かした。

 気分がすかっとしていて、足が軽かった。あっという間に学校へ着いてしまった。おかげで遅刻はしなかった。

 あのおじさんたちも変だったが、それをひとりじっと見ていた私も変な物だった。

 なにもないと思われた一日は、楽しい朝で始まった。

 空の向こう側が、青く晴れていた。


(おわり)

2005/9/4





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