...小説


久しぶり


「久しぶり!」
 と声をかけた。
 私の声にふり返った彼の顔は、とても懐かしかった。
「わ、久しぶり! びっくりした」
 そう言って目を無くして笑う彼を見てると、昔の気持ちを少し思い出した。

 人がぱらぱらと歩いてる道の端に少し寄って話す。
「今ここ住んでんの?」
「ううん、帰郷」
 高校を卒業してから就職し、地元にもどって来るのは初めてだ。
 お互いの仕事の話なんかをして、まだらに盛り上がる。
 あのときには、ここまで話せることすら考えられなかった。

 思いを告げなかったのは若さゆえだ。告白をしなくても夢を見ていられた。
 そんな夢が長く続かなかったのも、若さゆえ。
 年をとると、気持ちを伝えることが簡単になった。

「でもよく俺だって分かったね」
 だって背中の形は変わらない。
「もしかしてと思ってね」
 広い道路。車が滑らかに走っていく。あんなに凸凹だったアスファルトが真っ平ら。
 真夏の歩道の建物の日陰に立って、ぜんぶ自分と関係無いように、我がふるさとを客観視する。
 あのころの彼への気持ちを思い出しながら、こんなに普通の人だったんだと思った。
「そっちこそよく覚えてたね」
「んなすぐ忘れないって」
「そっか」
 話のネタが尽きた。
 彼を見ると、下を見て何か考えているようだったので、ちょっと黙ることにした。
 日陰が少し減ってしまった。

 ふと、あのころのことを言おうかと思った。
 でもやめた。
 昔好きだったと言うほどアホくさいことはない。
 そんなことをわざわざ知らせる必要があるはずもない。

「じゃぁ、私そろそろ行くね」
 それから話が持ち上がる様子がなかったので、この場を去ることにした。
「・・・・・・」
 驚いたように彼が私を見る。
「? ・・・・・・じゃぁね」
 疑問に思いつつ、日陰から出て歩き出す。
「言うことないの?」
「は?」
 突然ふりかけられた言葉にキョトンとしてしまった。
 彼が言うことを考えていたのではなく、私が話すのを待っていたらしい。
 どうやらこの人は知っていたようだ。
 日陰の中の日に焼けた顔が赤くなって、汚い色に見える。

「・・・・・・今彼氏いるの?」

 日向の中は、太陽熱がアスファルトから返ってきて暑い。

 笑うしかなかった。
「いないよ」


(おわり)

2007/8/1





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