ここは町町
すたれた町
人気はないけれど
“地球”がいる
「昔はこの町も人がいたんだけどな」
俺を入れて三人いる旅仲間の、年長の男が言った。
俺はこの二人と、以前住んでいたところの張り紙がきっかけでで知り合った。
『一緒に死んでくれる人募集』
冷静に考えてみれば、悪質ないたずらにしか思えない内容だ。
それでもあの時の俺には“救い”に感じた。
当時、俺は生きるのが嫌になっていた。
何の根拠もないが、いつも何かに押しつぶされるような気分でいた。
太陽を恐ろしいものに感じ、月には常に見られているような居心地の悪さを覚え、雨は自分だけに冷たいように思い、あの頃の俺にとって空と地面の間は狭かった。
そんな中でもそれまで生きていたのは家族の支えだった。
一緒に笑い合うと恐いものなしになった。
でもあるとき家族で旅行に行くことになった。
その旅行に行く途中で大事故に遭った。
大型トラックのタイヤがパンクし倒れ、自動車なん台かが潰された。
そして、俺の両親、兄弟は死んだ。
その事故で数人が生き残ったが、その中に俺は入ってしまった。
その後は家に帰るのも嫌になり、のたれ死ねばいいとふらふら歩いていた。
歩いているときに壁にぶつかりそうになり、顔を上げたときあの張り紙が目の前にあった。
この張り紙を張ったのは神様だと思った。
達筆な文字で描かれたその文は神々しく見えた。
神様が俺をたすけてくれる。そう思った。
そういう経緯で俺達三人は出会った。
残念ながら、というか当たり前だが、あの張り紙主はこの年長の男だった。
もう一人の若い男は、話を聞くと恋人にふられたらしい。
そんなことで死ぬなよな、と思ったが、自分の事情も二人に話すと、その若い男に、そんなことで死ぬなよな、と言われてしまった。
このイベントの企画主である年長の男は、死ぬ理由を話さなかった。
若い方と二人して聞いてみると、
「まだ死なない」
と言いやがった。
どう言うことだと怒ると、旅の説明をされた。
男の目的は、旅。
一緒に死ぬ、つまり死ぬまで一緒に旅をしてくれと言われた。
「実はな、行きたい町があるんだ」
どうやらその町が旅の目的らしい。
若い男は楽しそうだとすんなり付き合うことになった。
俺は納得は出来なかったが、なんとなく、この二人に家族とは違うあたたかさを感じていたんだと思う。
だから、その町で死ぬぞということを理由にして着いて行くことにした。
どれくらい日にちが経ったかはわからない。
でも、旅は終わった。
年長の男が言っていた町が目の前にある。
しかし、ここは“町”とは言えない。
「おい、これのどこが町なんだよ! 人どころか、建物すらないじゃないか!」
そう若い男が言ったとおり、見えるのは無限に広がる地平線。
地面はかわいた黄土色で、その地面に唯一あるものといえば、無造作に伸びた雑草とまだらにある木だけだ。
「だから言っただろう。昔は町だったんだよ」
「昔っていつだよぉ!!」
若い男はかわいた土に膝をつき落胆した。
「なぁ、こんな町に何の用があるってんですか・・・・・・?」
俺は呆れながら聞いた。
「こんな町だから来たんだよ」
まさかここで飢え死ねという意味なのか? と聞くと、
「飢え死ぬことはないだろうな。まぁ、万が一もあるが」
なんてのん気に言った。
男の意図が全く分からず、詳しく聞く。
「町は俺達で作るんだ」
それを聞いた若い男は驚きで顔の穴が全て開いている。
「「はぁ!?」」
意味が分からない。
「本当はもっと人数集まる予定だったんだが、まぁ三人もいれば十分だし」
そういって何かを探すように空を見上げる。
その視線の先を追うと、遠くで何羽かの鳥が鳴きながら飛んでいる。
「ほら、あれ! 鳥だっているし、食べ物もなんとかなるだろう。あそこのでかい木の下で寝れば雨だって心配ない。それに・・・・・・」
次々と、今までためていたであろう自分の計画を述べる男を見て、唖然として俺と若い男は顔を見合わせる。
俺達に原始人の生活をすれと言うのか。
まだ喋りつづける男を若い男が遮る。
「ひとつ問題がある。そんなことがたとえ出来たとしても意味がない。だって発展しないだろう」
そう。
発展しない。
なぜなら子孫が残せないから。
ここにいる三人はみんな男だ。まさかわざわざ別のところから女を連れてくる訳にはいかない。
俺も、そうだそうだ、とその若い男の意見に乗る。
年長の男は、ため息をついた。
「・・・・・・いいんだ、発展しなくて。俺達が死ねば終わり」
「そんなの意味がない!」
年長の男から笑顔が消える。
「俺がなんで死にたい奴を選んだのか分かるか?」
「あはははははは!!」
俺は急に可笑しくなった。
笑いが止まらない。
空を仰いで大笑いをする。
「お、おい、何が可笑しいんだよ」
若い男が怪訝そうな顔で俺を見る。
「いや、ごめん。ていうか面白いこと考えるね、あんた」
年長の男に笑顔が戻る。
「ちょっと待てよ! お前もそいつの話に乗るとか言うなよ」
「いや、乗るよ。どうせ俺達は死ぬつもりだったんだ。失敗すれば死ねばいい。俺達には意味なんて必要ない。そうだって言うんだろ?」
男の笑顔が肯定の意味を持った。
「で、お前はどうするんだ?」
俺は若い男に聞いた。
「あぁもう! 今さら帰れるわけないだろ! やってやるよ!!」
ここに俺達だけの“町”が出来る。
まだ何もない。
ついさっき始まったばかり。
雨が降る。
まるで、俺達がここに来るのを待っていたかのように勢いよく降る。
今までかわいていた土が潤っていく。
相変わらず冷たい。
でも凄く気持ちが良い。
夜になり、星が出る。
寝袋に入ってしばらく見上げていると、月が真上に見えた。
初めて普通の月に見えた。
綺麗だと思った。
太陽を愛しく感じる。
朝焼けが綺麗だ。
昼に上る陽があたたかい。
夕焼けが明日を期待させる。
今の俺にとって空と地面の間は果てしない。
開放された気分だ。
寝袋に入っていると、年長の男が詩のようなことを口ずさんだ。
「ここは町。すたれた町。人気はないけれど、“地球”がいる」
「なんだそれ。有名な詩なのか?」
若い男が言った。
「良いだろ。俺が作った」
「はぁ!? なんだそれ。言わなければよかった」
三人して愉快に笑う。
「でも最後の『地球がいる』ってどう言う意味なんだ?」
男は自慢気に、ふふんと言う。
「俺は、ここを地球の本来の姿だと思っているんだよ」
なるほどねぇ、と若い男と二人で感心する。
「子供の頃一度ここに来たことあるんだ」
唐突に年長の男は言った。
どうりでこの男はこの場所の昔を知っているわけだ。
「昔は人がいたんだろ。なんで急に廃れたんだ?」
俺は聞いた。
「そいつらが死んだんだよ。それで“町”も消えたって訳だ」
「また俺達がその町を作るってわけか。循環(サイクル)だな」
若い男がカッコつけて、カタカナで言う。
「そうだ。それで俺達が死んで、また誰かが来る。ってな!」
そう言って年長の男は、わははは、と笑う。
「そんなに上手くいくかよ」
「知るか」
ここは町
すたれた町
人気はないけれど
“地球”がいる
俺達は“町”を繰り返す
地球がなんども“繰り返す”ように
(おわり)
2006/2/22
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