...小説


失恋


 突然、電話で呼び出されて私は走って学校へ向かった。
『学校来て』
 夏子はそう私に言って電話を切った。

 夏子とは高校に入ってからの付き合いだが、今までで一番の友達だ。
 ここまで気の合う友達はいなかった。

 学校に着いたときには息切れしていた。
 玄関の下駄箱に背中を寄っかけて少し休むことにした。
 夏子は2階の教室で待ってるだろう。

 息も足も落ち着いてきたころ、階段を誰かが降りてくる足音が聞こえた。
 玄関のすぐ前にある階段を、夏子かな、と思って見ていると、降りてきたのは違う人だった。
 今日は土曜日だから部活だろう。その男はバスケ部。
 夏子の好きな人だ。
 私が見てることに気付いたようで、ちらりと見られたが、すぐに目をそらされた。
「はぁ」
 溜息を出したら息が白くなった。
 冬も終わる。
 来月で、楽しかった2年生も終わる。
 目をそらしたあの男のことは何も知らないが、とても冷たい人に思えた。

 教室へ行くと、夏子がひとりいた。
 こんな寒い時期に窓を開けて、窓枠に肘をかけて外を見てる。
 夏子のちょうど後ろにくるような席に座った。
 私が来たことに気付いたら、夏子は窓枠にかけてた肘に顔を埋めた。
 丸まってた背中がさらに丸まった。
 『夏子』には合わないけど、今の季節にはすごく合う夏子の姿だ。
「遅い」
 ぼそっと夏子は言った。
「走ったけど、疲れたから遅れた」
「なにそれ」
 鼻で噴き出す音が聞こえた。
 あぁ、寒い。

「ねぇ、何があったか訊いた方がいい?」
「・・・・・・訊かない方がいい」
 はっきり聞こえた夏子の声。
 その後、夏子の肩が震えだした。
 今まで待ってたのか、溢れ出すように泣いている。
 わかった、訊かない、と心の中だけで言った。
 訊かないよ。

 席を立って、夏子の横に割り込んだ。
「何?」
 夏子の顔は上がってない。
「私も外見たい」
「あっちの窓から見ればいいでしょ」
 そう言いながら、体を少しずらす夏子。
 大きいとは言えない窓に二人の人間が並ぶ。
 夏子の二の腕にくっついてる私の二の腕だけ暖かかった。
「・・・・・・狭い」
 夏子は目だけを肘から出して、遠くを見てた。
 もう泣いてなかった。
「・・・・・・うん、狭い」
 喋るたびに口から出る白い息が面白かった。

「ねぇ夏子、後少しで3年生だよ」
「あぁ・・・・・・やだね」
 来月で2年生が終わる。
 再来月からは、面倒くさい3年生が始まる。
「他に何か始まるかな」
「・・・・・・なーんにもだよ。もう終わっていくだけだって」
「夢な〜い」
 誰もいない教室に高音の笑い声が響いた。たぶん2階中に響いてた。
 閉めた窓が真っ白に曇る。外が見えなくなってしまった。
 その窓に二人で、ぐちゃぐちゃに絵を描いた。
 指で描いた跡から覗く外も真っ白だった。

「ちょ、ちょっと! なんであんたが泣いてんのよ」
 終わらないよ、終わらないよ。
 終わっても始まるよ。
 始めようよ。
 絵を描いていると涙が突然流れはじめた。
 拭っても拭っても止まらなかった。
 頭のどこかで、ここまで泣くこともあるんだなぁ、と冷静になってる人がいた。
「・・・・・・ゴメン」
 そう言うと夏子は溜息をついた。仕方ないなぁ、と言いたい感じだ。
「・・・・・・泣くの遅いんだよ」
「ゴメン」
「このやろう! ゴメンで済むか!」
 頬を思いっきりつねられる。
 つねられた勢いで顔を上げて見た夏子の顔は、笑っていたけど泣いていた。

「やーーーイタイイタイぃ〜!!」
「一緒に泣かなかった罰だ!」


『今から告白するから学校来て』

 私は走って夏子のところへ向った。


(おわり)

2006/11/23





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