...小説


 フラっと落ちてしまいそうになって目を開けた。
 一番に見た景色は、木だ。沢山の。薄青い空が遠くに見える。
 足元を見ると、なんと自分の足は木の枝を掴んでいる。そのさらに遠く下に地面があった。
 腕を目の前に上げてみると、それは茶色い翼だった。

 俺は、鳥になった。

鳥になりたい


 夢にも思っていなかった。鳥になるなんて。
 顔を上げると大空が俺を迎えている。
 飛ばなきゃ!!

 木の枝を放し、蹴った。そして翼を優雅に振る。
 しかし簡単には行かないようだ。
 のんびり翼を上下に動かしていたら、どんどん下降していった。焦り、すぐに激しく振る。
 だが、上手く行かない。上昇するどころか下降する。下降するというより落ちている。
 俺の足掻きは意味を持つことはなく、俺の体は地面に落ちた。


 驚いて目を覚ますと、いつもの天井が目に入った。
 息を激しく吸う。息切れしている。
 夢だと分かったが、夢には思えなかった。
 起きあがろうとすると体のあちこちが痛い。カーテンを開けようと腕を上げると物凄い筋肉痛に襲われた。

 その日は一日中疲れていた。
 夜には死ぬように眠りについた。

 意識を夢に預ける寸前に思ったことは、鳥ってこんなに疲れるんだな、ということだった。


 目を開けると今度の景色は前のところと違った。
 自分のいる木は前より高さが低い。しかし地面はアスファルトだった。
 疲れはすっかり取れていて、再び飛ぶ練習にかかる。枝を蹴った。
 前回のことを学習して、今度は最初から翼を激しく振った。そして上手く行った。体が上昇する。
 と思ったのはつかの間。激しく振りすぎたため、すぐに翼に疲労が溜まってきた。
 また、地面に落ちた。思ったほどの衝撃はなかった。


 朝、目覚めるとやはり疲れていた。


 それから俺はなんども練習した。
 やがて翼の振り方も上手くなってきた。地面に落ちることはまだ少なくなかったが、衝撃は大分軽くなってきた。
 景色は毎回違った。最初は森の奥深く。次はアスファルトの地面がある景色。次には家が出てきた。そしてその次は高いビルが建っていて。どうやら景色はだんだんと都会化しているようだ。というよりは俺自身が街に近づいているというような感じだ。

 ある日、俺は再び鳥になった。そしていつものように再挑戦する。
 また落ちてしまうとは分かっていても止められなかった。だって楽しい。
 しばらく翼を振った。長く。長く。
 その日は地面に落ちることはなかった。

 ついに、やった。


 いつものように目が覚めると、体は疲れていなかった。
 だけど、喜べなかった。起きてまず見たのが見なれない天井だったから。
 周りを見渡すと自分の寝ているベッドが白いカーテンで囲まれている。カーテンの隙間から太陽の光がさしていた。
 自分が寝ているベッドは病院のベッドだということを思い出した。
 俺は入院したんだ。
 入院の理由はなんだっけ。忘れた。

 つまらないと思い目を閉じた。
 そして再び鳥になった。


 今度の景色はなんだ、と辺りを見ると建物が目の前にあった。
 木の枝に立ち窓の中をのぞくと、人が寝ているのが見えた。その人の周りには何人かの人が囲んで立っている。一人は首を垂れて椅子に座っている。
 なんだ、あれは母さんじゃないか。
 おお、父さんも、兄さんも姉さんもいるよ。どうしたんだ、みんな。落ちこんでいるようだ。
 しばらく見ていると、寝ている人の顔に白い布がかけられた。

「おい、どうしたんだ? なに見てるんだ?」
 声を掛けられたので振り向くと、仲間の鳥がいた。鳥の仲間は始めて見るが違和感はなかった。
「ほらあそこ。人死んだんだよ」
「へぇ。なぁ、それよりこれからカラスがここに来るらしいんだ。危ないからはやく逃げようぜ」
「本当か? それは早く逃げないと」
「行くか!」
「おう!」

 それから俺は、ずっと飛んでいた。
 やっと飛べるようになった喜びで胸いっぱいにしながら。


 そういえば、この薄青い空はずっと変わらないな。


(おわり)

2006/6/2





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