...小説


指輪をもらった


「ありがとう」
 とりあえず私は、これをくれた人に礼を言った。
「・・・・・・うん」
 あまりに色気のない私の返事に、横に座っている彼は驚いているようだ。
 布のような表面に覆われた小さな箱に入っている銀色の指輪。本物だと思われるダイヤモンドは、小さいけれどとても輝いている。

 同じ意味を持つ指輪を前に一度もらった事がある。同じ人から。
 小学生の時のことだ。
 私は断った。理由は単純で他に好きな人がいたから。
「なんであんたとケッコンしなきゃならないのさ〜」
 冗談っぽくプロポーズしてきた彼に、冗談っぽく返事をした。
 指輪は図工の時間に作った工作だった。紙粘土のぶっといリングには青い絵の具が塗られていたが、紙粘土が固まりきる前に塗ったのだろう、色が薄いところがあった。あまりにもみったくなくて一度も着けたいと思わなかった。
 彼はへへへへと笑って返事をするだろうと私は思っていた。
 だが彼は、
「バぁーカ!」
 と、一言叫んで窓からその指輪を投げ捨てた。
 その後『バぁーカ』が小さいブームになったことは、どうでもいいことだ。
 放課後になって彼が、指輪を投げた学校の裏庭をウロチョロしていたのを、教室の窓からこっそり見た。未練たらしいな、と小学生ながらにも感覚だけで分かった。

 その未練たらしい性格は十何年経っても変わらなかったのだと思う。
 再会した私達は恋人として付き合うことになった。

 指輪を見つめながらそんな昔のことを思い出した。
 この指輪では、私のほうがみったくないような気がした。
「似合うかな」
 声に出さないつもりで呟いた。
「似合うよ」
「・・・・・・なくしたらゴメン」
「なくしたら二度とやらない」
 なくしたら彼は探すだろう。その様子は簡単に想像できた。
 バぁーカ。
 絶対になくすものか。
 今の彼が言う『バぁーカ』を想像した。
 頭の中で誰かが、バぁーカ!、と連呼している。

「ありがとう」
 もう一度言った。
 左手の薬指に指輪をはめた。


(おわり)

2006/8/25





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