...小説


死者のバレンタイン 前


 ・・・・・・ふわ・・・・・・

「ここどこ?」

 少女は目を開けた。

 そこは薄暗く、草原が永遠に続いているような場所だった。

 夢ではないような気がした。なんとなく。

 少女は何かを待つようにその場に立っていた。

「よろしいですか?」

 少女ではない声が聞こえた。

「は?」

「もう、よろしいですよね。」

 少女は、意味が分からない、というような目で見ていた。

「ここってどこですか?」

「まだ、よろしくないようですね。」

「よろしいって・・・・・・?」

「ここは・・・・・・境ですかね。」

「境? ・・・・・・っていうか話かみ合ってないですよね。」

「質問をいっぺんにされるからです。」

「・・・・・・」

「生と死の境の場所です。どちらかというと死に近い場所ですが。もう生きることは無理に等しいですね。ついでに私は使者の一人です。」

「これってゆめ?」

 少女は、その可能性は薄いと感じながらも、そう訊いた。

「・・・夢でも現実でも理想でも想像でもありません。そう言うのはもう越えてます。」

「よく分かんない」

 失笑した。訊かなければよかったと思った。

「先ほど、よろしいかと訪ねたのは、もう逝ってもいいかということです。」

「わたしが死んだの?」

「他に誰が?」

「な、なんで死んだの?」

「知りたいのですね?」

 少女は恐る恐る頷いた。

 使者はどこからともなく、ものすごく分厚い本を取りだして開いた。

「いや、本人が死んだ理由を知るのは本人の許可がいるので、尋ねただけです。」

「その本は、あの世の法律みたいなのが書いてあるんですか?」

「それだけではないですが、そういうのもあります。それと、ここはまだあの世ではないです。」

「そうですか。で、私はなんで死んだんです?」

「まだ本当に死んだわけではないですけど。寝ている間です。ゆっくりと呼吸が止まりました。それから――」

「やっぱいいです! 言わないでください。理由も知らなくていいです。」

「・・・・・・そうですか。ではやめます。」

「・・・・・・。」

「報告しておくことがあるので訊きます。あなたがこの場所へ来たのは未練があるからです。まぁ、ほとんどの方がここに来ますが。・・・・・・・・・・・思い当たることは?」

「・・・・・・あります」

「そうですか、では死後では少し苦しむことになりますね。これが報告です。」

「戻れないんですか?」

「それは生きるのと同じなので、ほぼ無理です。」

「二日だけ!!」

「何故二日?」

「・・・・・・バレンタイン・・・・・だから・・・。」
 少しの間があった。

「せっかく教えていただいたのに申し訳ないのですが、やはり無理です。はっきり申し上げますが、バレンタインと言う理由だけで戻れるのはあり得ないです。」

「・・・・・・どうしてもだめですか・・・・・・? 」

「・・・・・・。」

「お願いです!! せっかく好きな人に告白する勇気がもてたから・・・。」

 少女は頭を下げて言った。

「別にバレンタインデーじゃなくても良かったのでは?」

「っ・・・・・・」
 少女には返す言葉が無かった。

「すみません、つらいことを聞きました。何かをするきっかけがあると勇気が増す、と教えて貰ったことがあります。」

「勇気のない人間の考えることですよね。私の思いは弱いんですかね・・・。」

「自分を他の人間と比べてはいけません。あなたはあなたです。」

「・・・・・・じゃあ! お願いします。」

「う・・・・・・(墓穴)」

「別につき合いたいとかじゃないんです、ただチョコを渡して好きだと伝えるだけで良いんです。どうか・・・――。やっと決心したんです。」

「・・・・・・。降参です。私は、あまり死への案内人には向いてないと言われました。死者に同情してしまうから、と。」

 そういって、使者はメモ紙サイズの紙に何か書いた。それを少女は不思議そうに見ていた。

「・・・・・?」

「私たちを使っている、神にそのことについてのお願いです。」

 使者は書き終えるとそれを四つ折にした。するとまもなく紙は白い羽になった。そして強風が吹き、あっという間に羽はとばされ見えなくなった。

「あれで、ホントに届くんですか?」

「私は神の使者です。」

 死者は自信ありげに微笑んだ。

 少女は、なんだか最初に会ったときより優しい感じになった、と思った。

「あっ!」

 少女は、先ほど羽が飛んでいった方を指さした。

「さすが、返事が早い。」

 少女は、使者がその紙を開くのをドキドキしてみていた。

「・・・・・・」

「許されるのは24時間。」

「え?」

「24時間だけ戻れます。」

「ほ、ホントに戻れるんですね!! あ、でも24時間じゃ足りない。」

「大丈夫ですよ、それは。ここに書いてありますが、あなたを戻すのは夜中の0時。それなら、徹夜でチョコレートを作って、朝渡せばいいですよ。」

「ハハ、素晴らしいアイディアありがたく戴きます。」

「しかし、戻る目的はチョコレートを渡すことです。無駄なことはしないで目的を果たしたらすぐ、24時間経っていなくても強制的にここに再度来て貰います。そしてこのことは絶対誰にも言ってはいけません。あなたの好きな方でも、家族の方にでも駄目です。言ってしまったら、あなたにとってとても辛いことになります。」

「ぅ・・・・・・。例えばどんな。」

「前にもあなたのように戻りたいという人がいて、その人実は目的などはなく、多くの知り合い達に喋ってしまいました。」

「そ、それで?」

「勿論信じてくれる人はいません。それから・・・・・・・・。やはり言うのはやめます。」

「え?」

「いくら、死への案内人といえども人の不幸は安易に話すものではありません。それにこの事は本当に酷い話なので。」

「私も聞くの恐くなってきたのでやめときます。」

「さて、話が少しずれてしまいました。さっきのことは理解していただけましたね。」

「・・・・・・はい」



「力を抜いてください。」

 少女は深呼吸をする。しかしこの場所には空気はない。気分を落ち着かせる。

「目を閉じて・・・・・」

 使者は少女の額に、さっき神から来た羽をあて、そこに口づける。



つづく(後編へ)





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