...小説


KAGUYA-ZERO 前


 とある小さい国。道行く人々は皆美人で、淡い赤や青の絹の羽衣を着、光る髪の毛を上に結い上げている。人口が少ないため、すべての人が宮廷に仕えている。国の中に宮廷があるというより、宮廷が国だ。
 美しい宮廷。キレイに整えられた庭には色彩豊かな花や草が咲いていた。
 この国の帝、リーダーは女で名前は阿万月(あまづき)。他の特に身分の高いものたちの代表も女性だ。男性はその女性たちに侍っているのである。もちろん女も、少数だが他のものたちの世話をすることがあった。

 国の全員が美しい容姿をもっているが、そんな人々が恥じらってしまうほどの少女がいた。その少女は先日初潮を迎えた途端に、目立って美しくなった。目が切れ長で大きいのは昔からだが、真っ白だった肌は未熟の桃のような色がつき、肌と同じく白かった唇には紅を塗る必要が無くなった。髪は黒さを増した。
 少女は生まれて数ヶ月しか経ってない頃、宮廷の庭に捨てられていたのを阿万月の侍りの者にみつけられた。小さい少女を見た帝は、少女に「かぐや」という名前を与えた。
 阿万月は親に捨てられたかぐやを可哀想に思い、かわいがった。この国で、親が子を捨てることはかぐやの例だけだった。
 かぐやには最初男性が侍っていたが、かぐやが宮廷に来てから十六年が経ったときに阿万月が、侍りのものを女に替えた。

 宮廷が寝静まった真夜中。かぐやは宮廷の最上階の窓から外を眺めていた。その部屋は物置になっていて、今では使われていないため誰もやってくることはなかった。
 幼い頃にみつけたこの場所は、かぐやの秘密の場所となっていた。最近では毎夜、訪れるようになった。
 かぐやを飽きさせない、目に映るものは星。この国からはある大きな星が眺められる。白と青の星。しかし誰もが素敵だと思うあの星は、煩悩と憎悪であふれているらしい。この事はみんなが知っていた。
 かぐやは目の前に大きく存在している星をじいっと見て思う。
 自分はあの星へ行ったら、ひどい目に遭う。親に愛される事が出来なかったことを罵られ、あわれだと言われるだろう。
 そんな星へ行きたいとは思わない。しかし、圧倒される美しさにかぐやのそんな気持はときどき揺らぐ。
 あの星には何があるのだろう。
 夜風がかぐやの頬を冷やした。かぐやは、そろそろ眠いと自室へ降りることにした。

「かぐや様、起きてください。いつまで寝ていらっしゃるのですか」
 昼近くになっても目覚めないかぐやを、侍女の時音(ときね)が起こす。
 本当はかぐやは起きていた。でも体がだるく、持ち上がらないのだ。
「時音、もうしばらく寝かせて」
「何をおっしゃっているんですか。朝食も食べないでは体に悪いですよ。月のものの時は特に食べなくてはいけませんよ」
「だるいのよ」
「そこを頑張ってください。ほら」
 時音がかぐやの背中に手を入れ、起きあがらせる。
「食事だけでもしてください」
 そう言って、時音はかぐやを着替えさせた。
 そこまでされては仕方がないと、かぐやは着替えて食堂へ向かった。

「かぐや様、今日は随分と遅い目覚めですね」
 廊下ですれ違う女たちにそう言われた。
 かぐやにそう気軽に話しかけられるのは今では高貴な女だけだった。
 宮廷の中でも下のものや、男たちはかぐやを目の前にすると立ち止まり、顔の熱を上げてしまうので、挨拶もまともに出来ない。
 時音がかぐやに仕え始めたときは、その頃かぐやはまだ「ただ可愛い娘」だったので、かぐやと時音はすぐにうち解けてしまった。
 かぐやが、宮廷の中心にあるといってもいい大きな食堂に着いた。広い食卓の端に一人分の食事があった。
 時音が食事を作り直すことを提案したが、かぐやはそれを断って食べ始めた。
「・・・・・・かぐや様、最近寝るのが遅いのではないですか?」
 時音がとつぜん言った。
 かぐやは聞いて、驚いた顔で時音を見た。焦った。
「知ってますよ。夜中にどこかへ行っていること。突き止めるつもりはありませんが、今日のように目覚めが遅くなるのでは――」
「時音」
 かぐやが時音の言葉を遮った。時音から目をそらしている。
「ゆっくり食べたいの」
「・・・・・・はい」
 時音は落ち込んだようにして、その場を去ろうとした。
 時音が食堂をでようとしたとき、かぐやが呼び止めた。
「時音、ごめんなさい。でも見逃して。誰にも言わないで」
 かぐやはあの場所、あの時間を誰かに奪われたくないと思った。
「もちろんです。大丈夫です」
 時音は、かぐやのことに関しては告げ口しない。微笑みをかぐやに見せて食堂をでていった。

 食事を終えたかぐやは阿万月に呼び出された。
 何事かとドキドキして、時音と一緒に向かった。
 宮廷の中で最も美しい部屋、帝の座があり、みんなが集う広間。そこにかぐやと時音が着いたときには阿万月以外の人が何人かいた。
 部屋に入ってきたかぐやを見て阿万月はさっそく話しかけた。
「かぐや、今日は随分と遅く起きたそうじゃないか。調子が悪いのか?」
 帝座に座る阿万月はかぐやを、こっちへ来なさい、と手招いた。
 かぐやは阿万月の前にたち、差し出された手の甲に口を付けた。
「最近、体がだるくて」
「まあ、無理もない。お前ももう解禁だ」
「え?」
「いい歳になった。契りを結びたいとは思わないか」
 契りとは結婚のこと。結婚といっても事実、一緒に暮らすとかはしない。言ってしまえば“おきまり事”のようなものだ。
 かぐやは断った。
「いやです。まだ」
 断ることはないと思っていた阿万月は軽く驚いた。
「なぜだ? お前に男を選ばせてやってもいいのだよ。契りといってもお前の子宮をそいつに捧げろとは言っていない」
「阿万月様! 下品な言葉は慎んでください」
 横で聞いていた、阿万月の側近の男が言った。かぐやの顔は見ることが出来ない様子だった。
 阿万月は楽しそうに笑って、男をなだめた。
「気にするな。かぐや、どうしても嫌か?」
 かぐやは申し訳なさそうに俯いた。
「はい」
 それを聞いて阿万月は諦めたように溜息をついた。
「お前にその気がないなら仕方ない。それまで待つとするよ」
 阿万月がかぐやの手の甲に口を付けた。もう下がってもいいという合図だ。
 かぐやが部屋を出ると、時音がつづいた。

 自分の部屋に戻って休むかぐやに時音が問いかけた。
「どうして断られたのですか?」
「時音は私に契りをして欲しいと思うの?」
「いえ、そう言うわけではありませんが。阿万月様のステキな提案だと思いますが」
 かぐやはふてくされたように言う。
「契りなんて一生しないわ」
 それを聞いた時音は驚いて青ざめた。
「どうしてです?」
「・・・・・・」
 かぐやは時音の顔から視線を床へ移した。
 時音がかぐやの横に座った。話してくれるのを待っているのだ。
「男なんて嫌い」
 二人で並んで座って少し時間が経ってから、かぐやが突然話した。
「え?」
 時音は、そのかぐやの発言に当然驚く。
 かぐやは時音の顔を見た。
「男なんていやよ」
 かぐやの眉間にしわが寄っていた。今にも泣きそうだった。
「・・・・・・男性のどこが嫌なのですか?」
 時音は優しく問う。
「だって・・・・・・」
 かぐやは泣いてしまった。肩が細かく、ひどく震えていた。
「男と一緒にいたら子供が出来てしまう」
 時音はかぐやが泣く理由が分かった。
 かぐやは捨て子だ。親に捨てられた。そのことが、子供を産んで親になることに関して何らかのトラウマになっているのだ。
 時音は、震えるかぐやの肩を抱きしめて、静かに自分も涙を流した。

 その夜も、かぐやは最上階のあの部屋に行った。
 そして窓際に腰を下ろし、星を見上げた。
 青い星を見るたびに考える、自分の両親。どんな顔でどんな性格なのか。子供を捨てるような人、ということだけではかぐやにとっては足りない情報だった。
 かぐやは昼間の残りがあるのか涙を流した。ここに通うようになってからここで何度か泣いたことがあった。
「・・・・・・私のどこが悪かったの・・・・・・」
 その日の夜は風が少し強かった。かぐやの髪をふわふわと揺らす。
 
 小さかった頃、阿万月に自分が捨て子だったと教えられた。その時は何とも思わなかったが大人になるにつれて辛くなってきた。あの時教えて貰わなかった方が良かった、ずっと阿万月が肉親だと思えた方が良かった、かぐやは泣くたびにそう考えるのだった。
 かぐやは、阿万月が親でないことが悔しくて、姿形の分からない両親を憎んでいる。自分の前から消えた事に対する憎しみでもあった。
 かぐやはしばらく泣いていた。風はその間もずっと吹き続ける。風はかぐやを慰めるように優しかった。
 かぐやはそのまま眠ってしまった。
 明け方に目を覚まして、そっと誰にも気づかれないように自分の部屋に戻った。



つづく(中編へ)





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