...小説


KAGUYA-ZERO 中


 かぐやの初経が始まってから一週間がすぎた。
 かぐやはすっかり調子を取り戻していた。たった一週間で随分と大人びてしまった。今のかぐやを見て幼き日のかぐやを思い起こす人はいないだろう。
 そんなかぐやを見るものたちは、かぐやの契りについて噂をする。阿万月の勧めを断ったことは周知だった。
 かぐやの契りの申し出を待つ阿万月は少々不機嫌だった。だが無理にさせるわけにはいかなかった。

 ある日、一人の男が宮廷の阿万月のところに現れた。小さい国の中で、阿万月も知らない男だった。
 男は、宮廷で働きたいとのことだった。
 男は竹谷見(たけやみ)と名乗った。しわの数を見ると、五十代くらいだ。凛とした姿で、目鼻口は若さを思わせるほどキレイな形をしていた。同年代の者たちと比べても、いや他の若い男生と比べても竹谷見は美人だった。阿万月でさえ唾を飲んでしまうほどだ。
 阿万月には働きたいという竹谷見を採用しない理由はなかった。
 美しい男とはいえども歳が歳なので、竹谷見は阿万月の周りの雑用をまかされた。

 阿万月は大儀そうに帝座に座っていた。
 大儀と言うより、かぐやの契りのことを考えていた。かぐやには好きな男がいないのだろうか。
「・・・・・・少し甘やかしすぎたな」
 かぐやがわがままを言って契りを結ばないわけではないことは、阿万月も分かっている。
 阿万月は、自分の育て方に後悔はしていなかった。言葉を発して苦笑いをするのだった。
 ふと、部屋の隅で掃除をする竹谷見を見た。
「竹谷見」
 阿万月に声をかけられ、竹谷見は掃除具を立てかけて阿万月の前に来る。
「なんでしょう、阿万月様」
「お前には妻はいないのか? お前のような奴を女は放っておかんだろう」
「・・・・・・いえ、いません」
 阿万月は竹谷見のその言葉を聞くと、誰も分からないくらい小さい笑顔を浮かべた。
「そうか。なら今夜私の部屋へ来い」
 阿万月の部屋はこの広間の奥にある。
 竹谷見は阿万月の“お誘い”を断らなかった。
「・・・・・・では、今夜参ります」
 そう言って竹谷見はまた部屋の隅の方で掃除を始めた。
 阿万月の機嫌がこのときだけは良かった。

 時音から聞いて、かぐやは竹谷見のことを知った。
 かぐやが気になったのは男の姿格好ではなく、阿万月がその男を知らなかったと言うことだ。この小さい国を帝である阿万月はすべて把握しているはずだ。
 かぐやは竹谷見を見てみたいと思った。あの阿万月も知らなかった男はどんな人なのだろう。
 それを考えていたのは真夜中の、最上階の部屋でのこと。いつものように窓枠に肘をつけて外を見ていた。
 ちらっと、あの青い星が視界に入った。いつもと変わらずそれはキレイだった。
 竹谷見はあの星から来たのではないだろうか、かぐやの頭の片隅でそんな発言が聞こえた。阿万月はあの星のことは知らない。竹谷見があそこからやって来たというのもあり得る話だった。
 突然、誰かがこの部屋につづく階段を上る音が聞こえた。
 かぐやは驚き、隠れようとするがいい場所がない。おろおろ焦っているとそいつが現れてしまった。
「ここで何をしているんです?」
 男だ。声は低くかぐやの耳によく通った。
 かぐやの方へ近づいてきたとき、かぐやは機会と思い走って逃げようとした。しかしあっさり腕を捕まれてしまった。
「あなたはかぐや様ですね。阿万月様から聞いています」
 かぐやは声も出せず、捕まれている腕を放そうとする。
「美しいお方だ」
 男がそう言った瞬間、かぐやはやばいと思い必死になって腕を引っぱり剥がそうとした。
「あ、すいません。べつに変なことはしません。ただ少し話し相手になってもらえませんか?」
 そう言うが、男はかぐやの腕を放さない。
 男は手をつかんだままその場に座った。かぐやも諦め、正面に向かって座った。
 男の顔は影になって見えなかった。
「私は阿万月様に使えている雑用の者です。最近ここに来ました」
 かぐやは黙って聞いている。
 声を聞くと若い感じがするが、貫禄があった。低く通る声はかぐやの耳にぞくぞく入り、かぐやは鳥肌を立たせた。
「つい先日、阿万月様と夜を共に過ごしました」
 かぐやはそれを聞いて青ざめた。
 あの阿万月の知ってはいけない一面を知ってしまったような気がした。そして阿万月を遠くに感じた。
 顔を真っ青にして、俯くかぐやを男は見た。
「・・・・・・私の名は竹谷見と申します」
「え?」
 今度は別の驚きがかぐやに降った。
 竹谷見。かぐやの頭の中でずっと木霊していた名前。その本人が目の前にいるとわかり、心臓がかぐやの中で鳴り響く。顔を見てみたいと影の中に目を懲らすが全く見えなかった。
 かぐやは横に見える青い星を見た。圧倒するものがかぐやを見ていた。
 ここにいる人が竹谷見だと分かりかぐやはがっかりした。会ってみたいと思っていた男が自分の親的である人を盗った、そう思った。
 竹谷見と名乗る男の話はそこで途切れ、かぐやは自室へ戻った。
 その夜は全然寝られなかった。
 竹谷見がどうして、あれらのことをかぐやに話したのかは分からなかった。

 かぐやは徹夜をした。あれから眠くなることはなかった。
「かぐや様! どうされたのですか、その目」
 時音が、朝にかぐやの顔を見て言った第一声だ。
 かぐやの目の下には黒くはっきりとくまができていた。
「・・・・・・寝られなかったのよ」
「どこか痛いところでもあったのですか?」
 時音はひどく心配しているようだった。
 かぐやは首を横に振る。
「大丈夫よ。それより朝食は出来てるの? お腹が減ったわ」
「あ、いえ。これから料理人が準備するところです」
 時音はかぐやの、大丈夫、という言葉を疑った。
 服を用意して、かぐやを着替えさせた。かぐやの目の下のくまは、白粉をつけられ隠された。

 かぐやが朝食を待つために食堂へ行くと、阿万月がすでに座っていた。
 他の人たちは、まだ朝早いので、いなかった。
 阿万月の横には数人の侍りの男と女がいた。
 阿万月は毎朝、誰よりも早くに朝食を食べる。帝と食事を共にできる者はいない。
「おお、かぐや。今日は早いな。飯を食いに来たのか?」
 かぐやは阿万月が朝早くに食事をすることを忘れていた。あまり会いたくない人だった。
 阿万月の後ろにいる人たちの中から竹谷見を探した。しかし、ぴんと来る人はいなかった。
「すまんが、今は私が食べているところだから後にしてくれないか」
 かぐやは阿万月のところに行き、手の甲に口付けた。
「・・・・・・待っていてもいいですか」
「?」
「あの、お腹が減ったので、はやく食べたいのです」
 阿万月はそれを聞き、笑った。
「そうか。ま、かぐやならいいだろう。待っていなさい」
「ありがとうございます」
 そう言ってかぐやは阿万月の席とは正反対の位置に座った。
 本当はそれなりの身分のかぐやは阿万月から遠ざかる必要はなかったが、かぐやが嫌だったのだ。それでもこの場を去らなかったのは、もしかしたら竹谷見が現れるのではないかと思ったから。かぐやにとってあまりいいとは言えない人だったが、顔を見てみたい気持はまだあった。
 しかし、竹谷見は食堂に来ることはなく、阿万月の朝食は終わってしまった。阿万月がとなりの侍女に耳打ちすると、その女はかぐやの食事を持ってきた。かぐやの前で緊張し、手が震えていた。
 阿万月は、かぐやの横を通り過ぎたとき、かぐやに笑顔を向けた。
 阿万月はかぐやに本当に優しかった。捨てられていた汚いかぐやを育てた。かぐやも阿万月が大好きだった。竹谷見という壁がかぐやと阿万月の間にあるように、かぐやには思えた。
 誰もいない、時音も来ない、独りの食事をかぐやは始めた。

 ある日、かぐやが茶飲み室へ行くと女性たちがなにやら楽しそうに話していた。
「あの竹谷見って方、ステキですわね」
「ホント、阿万月様は五十くらいとおっしゃりますけど、もっと若く見えますね」
「凛々しい立ち姿かたまりませんわ〜」
 女たちは、きゃっきゃっと笑った。
 一人が入り口に立っているかぐやに気づいた。
「あら、かぐや様。どうかされましたか?」
 高貴の人なのでかぐやと話すのは慣れている。
「その竹谷見って人はどんな人なんですか?」
 かぐやが言った。
 女たちは一瞬驚いたような顔をした。
「まぁ、かぐや様もやはり気になるのですね。ではこちらへいらっしゃい」
 かぐやは女たちの輪の中にはいった。みんな、私が話す私が話すとかぐやに詰め寄った。
「竹谷見は阿万月様の雑用ですのよ。背が高くて、目がこうきりっとしていて、そりゃぁもうステキなんですよ」
 言った女は自分の目の端を指で横に引っぱった。するとみんなが笑った。
「何言ってるのよ。竹谷見は背は高くないわよ。あなたの背が小さいのよ。だって阿万月様より少しばかり小さいのですよ」
「でも、仕事熱心よね。口数も他の男よりか全然少ないですし。渋いですわ。雑用にしておくのはもったいないことです」
 かぐやは女性たちが色々と話すのを、楽しそうに見ていた。みんな顔を赤くして興奮して話している。
「口で言うのは難しいですね。かぐや様、これじゃあ分かりませんでしょ?」
「いえ、何となくですが分かります」
「竹谷見もかぐや様に会ったらきっと、すぐに顔を赤く染めてしまうに違いありませんわ」
 その台詞を聞き、かぐやは一瞬固まった。竹谷見とかぐやはすでに面会済みだ。かぐやは竹谷見の顔を見ていないが。
「きっとそうなりますわね。かぐや様と竹谷見はお似合いですよ」
「あなたは何を。歳が離れすぎていますよ」
「歳なんて関係ないですわ。美しいものは一緒になるべきですのよ。そうだ! 今、竹谷見に会ってみたらどうです? かぐや様」
 勝手にどんどん話を進めていく女たちに、かぐやは少し戸惑った。
「は? いえ、今はいいですよ」
「そうおっしゃらずに。今はきっと広間の片づけを他の者としているはずですわ。行きましょうよ」
 女たちは皆面白そうに、かぐやに竹谷見と会うことを勧めた。かぐやはその威圧に押され気味である。
「そこまでおっしゃるなら・・・・・・」
 かぐやがついに折れた。
「やった、決まり! ではさっそく行きましょう」
 かぐやは女たちに引っぱられて広間へ向かった。みんな愉快で、かぐやも実は楽しんでいた。

 広間の入り口に着いた。
 一人の女が、そっと布をずらして中を覗いた。
「あ、今は竹谷見しかおりませんわ。かぐや様、さあ」
 かぐやは緊張していた。会っても何を話せばいいか分からない。
「かぐや様なら大丈夫ですよ! さあ、入って」
 そう言って何人かの女に背中を押された。勢いでかぐやは中に入ってしまった。
 そのかぐやに気づき、竹谷見は目を向けた。
 女たちがその場を笑いながら去っていくのが分かった。かぐやは名残惜しそうに入り口を見ていた。
「大丈夫ですか?」
 あの、低く耳に響く声が聞こえた。
 かぐやはぎこちなく声のした方を向いた。竹谷見がいた。かぐやはその姿を見て驚かなかった。想像していた顔とあまり違わなかった。唯一思っていたのと違っていたところは目が、あの女が言っていたとおり本当に切れ長だったところだ。
 かぐやはじっと竹谷見を見ていた。竹谷見は顔を赤くするどころか恥ずかしがっている様子は少しもなかった。
「かぐや様」
 突然、竹谷見に名前を呼ばれた。
「あれから、夜はあの階には行かれないのですね」
 かぐやの秘密の場所で竹谷見が初めてかぐやの前に現れた、あの日以来、かぐやは夜になってもあそこには行かなくなった。
 竹谷見はあの日以来、毎晩そこに行っていた。でも待ってもかぐやが来ることはなかった。
「あなたはどうしてあの場所に行くの?」
「・・・・・・かぐや様に会うためですよ」
 竹谷見は悲しそうな顔をして言った。
 何となく、鏡で見る自分の顔に似てる、とかぐやは思った。悲しい目をして溜息をつく顔。
「私に何かあるの?」
「いえ、お顔を見たいのです」
 そう言って竹谷見はためらいもなく片手でかぐやの頬を包んだ。
 大きくて、ごつごつしていて、冷たかった。
 かぐやはその手をそっと払った。
「どうして昼間に会わないの?」
「・・・・・・罪悪感です。夜、あの星を見ると晴れるような気がするのです」
 なんの罪かは聞かなかった。
 かぐやは竹谷見の手を取って、指に唇を押しつけた。かぐやの大人の目が官能的だった。
 二人は、その日の夜にあの部屋で会うことを約束した。



つづく(後編へ)





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