...小説


KAGUYA-ZERO 後


 約束をした夜。かぐやが最上階の部屋に入ると竹谷見はまだ来ていなかった。
 以前ここに毎夜通っていた時と同じく、窓から星を見る。
 しばらくそうしていると、竹谷見が来た。竹谷見はかぐやの横に来て、一緒に星を見た。
 かぐやが竹谷見の服を乱暴につかんで、竹谷見を引き寄せ、ぶつかるように口をつけた。熱くて下手くそな口付けに、竹谷見は上手に応えた。
 二人は素っ裸になって倒れ込むように床に寝、抱き合った。
 二人の白い肌は青白く照らされていた。
 じっと目をきつく閉じていたかぐやの顔に水が落ちた。うっすらと目を開けると、上にいる竹谷見の目から涙が流れていた。その涙はかぐやの顔に何滴もかかった。
 泣きながら竹谷見はかぐやの名前を何度も呼んだ。
 かぐやは事が終わるまでずっと涙の流れる目を見ていた。

 事が終わった。
 竹谷見は服を着て、気疲れしたと言ってその場で眠ってしまった。
 かぐやも床に広がっていた服を拾い上げ、着た。そして、服の裏に隠していた短い刀を取り出した。刀を出すと、星に照らされ、妖的に光った。
 上下する細い腹。かぐやはガクガクと震えるあごと手を押さえ、その腹に刀を突き立てた。少しばかり押すと白い布に赤い染みが小さくまるく広がった。
 手の震えでうまくねらいが定まらない。
 ここだと思った瞬間、目を閉じ勢いよく刀を下げた。血は思ったより飛び散らなかった。しかし、血は竹谷見の服を真っ赤にしていった。
 竹谷見は起きない。お腹を刺しただけでは死なないことをかぐやは知っていた。
 竹谷見は眠った時から死んでいた。
「終わった・・・・・・」
 かぐやは血で濡れた手を見て呟いた。
 終わった。竹谷見とのことも、かぐやの苦しみ、そして人生。終わった。
 かぐやは竹谷見を担いだ。
 引きずる竹谷見の足からは血がたれていて、かぐやの通った軌跡を描いた。
 かぐやは自分の部屋の寝台に竹谷見を寝かせた。
 竹谷身のように、かぐやも血だらけだった。まるでかぐやも怪我をしたようだった。
 朝になったら、時音が来る。
 かぐやは竹谷見が眠る横に座って、時音が来るのを待っていた。

 朝、宮廷のみんながまだ寝ている頃、時音が悲鳴を上げてかぐやの部屋に入ってきた。廊下についた血の線を見たのだ。
「か、かぐやさ――」
 そして、かぐやの乾いて黒っぽくなった血の付いた服と、かぐやの寝台にいる死人を見て言葉を失った。
 かぐやは時音に顔を見せずに言った。
「お早う、時音」
 時音は吐き気がした。部屋に充満した血のにおい。目の前にある出来事。気を失ってしまいそうになった。それを必死でこらえた。
「か、かぐや様! どうされたのですか!?」
 時音がゆっくりかぐやに近づく。
「時音、私に触らない方がいいわよ。この人殺したの私よ」
 時音は驚きで歩く足を止めた。しかし、思い立ってかぐやに駆け寄って、腕を勢いよくつかんだ。
「かぐや様! 隠しましょう」
「・・・・・・何を言っているの?」
「死体を隠せばばれません! 廊下だって拭けば――」
 時音の目から怒濤のごとく涙が流れた。おえおえ言いながらかぐやに言った。
「時音、あなたはそんなこと言わないで。隠すなんていやよ。みんなに見せるわ」
 そう言うと時音は、寝台に座るかぐやの足に顔を埋めて大泣きした。かぐやはそんな時音に触ることも出来ずに、ただ見ていた。
「時音、人を呼ぶのよ」
 時音はしばらくかぐやの服をつかんで顔を埋めていた。
 そして、涙と鼻水で汚くなった顔で誰かを呼びに行った。

 しばらく待って、やって来たのはこの時間に必死でみつけたのであろう、阿万月の侍りの男の一人だった。
 男は絶句して、何をしていいのか分からず他の人間を呼びに行った。
 そうして、かぐやの部屋は人でいっぱいになった。部屋に入らないで影から見ている者もいる。時音は見るのも耐えかねて、ここにはいなかった。
 やがて阿万月にも知らせが伝わり、急いでかぐやの部屋に向かった。
 かぐやの部屋の前についたとき、阿万月は狭い部屋の中からあふれる人を見て衝撃を受けた。
「何をしている、お前等!! そこをどけ!」
 阿万月が地も割れるような声をあげた。それを聞いた人々は恐れ、かぐやの部屋の入り口への道をあけた。
 部屋に入った阿万月もやはり驚いた。血のにおい、野次馬たちの汗のにおいで鼻が痛くなる。
 見せしめのようにされているかぐやの顔は俯いているので見えなかった。
 阿万月は自分の側近に言った。
「下がらせろ」
「はい。おい、皆下がれ! ここから去れ!」
 そう言うと、先ほどの阿万月の怒声におびえていた者たち、全員がその場をすぐさま去った。
 そして、側近も部屋の外に出た。
 阿万月はゆっくりかぐやに近づいた。かぐやは死んでしまったように動かなかった。
「かぐや・・・・・・」
「ごめんなさい」
 かぐやが喋った。
 阿万月は歯を食いしばり、その場を去った。

 国中の人が広間に集まっていた。みんな、かぐやのこれからについて各々で話している。
 死刑だ、流刑だ、罰する必要はない、など。
 阿万月は帝座の肘掛けに肘をついて、片手で顔を覆っていた。阿万月もかぐやをどうするかを考えていた。額には血管が浮き出ていて、びくびくと動いていた。
 そんな阿万月の答えをみんな待っていた。
「阿万月様! かぐや様は死刑するべきです。あの立派な竹谷見様を殺したのです」
「かぐや様はきっとあの男に変なことをされたんだ! 罰する事なんてしてはいけません」
「もしかしたら、あの時音とか言う奴の濡れ衣なのではないか! 罰するのはあいつだ」
「ではかぐや様についている血はどう説明する。やはりかぐや様は死刑です!」
 一人が阿万月に話しかけるとみんなが自分の意見を言いだした。今にも乱闘が始まってしまいそうだった。
 阿万月の側近のものや侍りのものはそれを静めようとした。
 阿万月以外の全員が大きな声をあげていた。
 うるさい。
「阿万月様! かぐや様は――」
「うるさい!!」
 その一言で宮廷が揺れたように感じられた。阿万月の我慢の糸が切れた。目は赤く燃えていた。
 みんなは凍り付いたように静かになった。
「かぐやの刑は私が決める」
 宮廷中の者が息をのんだ。
「かぐやは・・・・・・あの星へ遣る」
 あの星、とはこの国から見える、かぐやがいつも見ていた星のこと。
 そこにいた人全員が震え上がった。
 あの星は汚れている。この国とは無縁の煩悩と憎悪に満ちた星。国中の人があの星を恐れていた。
「かぐやはあの星へ遣り、誰にも見つからないように隠す」
 恐れ多くも一人の人が問いかけた。
「ど、どこに隠すのです?」
「そうだな・・・・・・竹の中がいい」
 竹、それは竹谷見からとったものだった。

 かぐやが広間に呼ばれた。刑を知らせるためだった。
 かぐやは縄できつく縛られていた。
 一人の女が刑の内容を発表する。声が震えていたことは明らかだった。かぐやはその間じっと聞き入っていた。
 阿万月はそんなかぐやを見ていた。かぐやの髪の毛は血が付き固まっていた。いつもの赤い唇は乾いて白くなっていた。
「い、以上です」
 刑内容の発表が終わった。女は目頭を押さえて隅の方へ行ってしまった。
 阿万月は溜息をついた。
「・・・・・・縄をはずせ」
 かぐやを含む全員が驚いた。
「阿万月様、それはいけません。かぐや様は罪人です」
 それを聞き、阿万月はそう言った人をにらんだ。普段にない阿万月の態度に失禁してしまいそうになる。
「かぐやは私の娘だ」
 そう言った途端、かぐやは阿万月の顔を見上げた。かぐやは、肩は震えているが、唇をかみしめて泣くのをこらえていた。
 かぐやの縄がはずされた。
 俯くかぐやに阿万月は近寄った。数人の女がすでに泣いていた。阿万月はかぐやの前に跪いて、かぐやと同じ目線についた。
「お前は私の娘だ」
 かぐやの頭に手を乗せ、言った。阿万月も泣くのをこらえていた。
「・・・・・・あの人が父親だって知ってたの?」
 阿万月はかぐやのその発言に少し驚いた。しかし隠すことはしなかった。
「あぁ、あいつと寝たときに教えて貰ったんだ」
 かぐやは阿万月の目を見つめた。
「はぁ、しかし、参ったな。気づいていたのか。そうか・・・・・・」
 阿万月の目からついに大粒の涙が出た。嗚咽を漏らして、かぐやの肩に頭を預けて泣いた。かぐやの肩がつぶれてしまうほど強く抱きしめて泣いた。かぐやはそれでも、泣かなかった。必死でこらえた。自分は泣いてはいけない、そう思っていた。
 その様子を目の当たりにした国中の人々は、阿万月のようにむせび泣いたり、静かに泣いたりした。

 かぐやは時音を探した。
 時音は廊下で涙を流しながら誰に言われるでもなく血をふいていた。
「時音・・・・・・」
 かぐやが声をかける。
 しかし時音はかぐやを見ない。
「ごめんね。時音」
 時音はなんども鼻をすする。
「あ、謝らないでください。好きでやっているのです」
「時音・・・・・・私はあの星へ行くの」
 時音の手が止まった。時音もあの星がどういう星かは知っていた。
「今までありがとう、時音」
 かぐやがその場を去ろうとした。
 時音がかぐやを後ろから抱きしめた。時音は何も言わなかったが、ずっと泣いていた。

 間もなく、かぐやは青い星に送られた。
 後は『かぐや姫』の話につづく。



おわり(解説へ)
  
2005/11/3





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