...小説

空。』のRAN様から頂いた小説です。私のを元にしてくださいました
この小説の絵も頂きました。ありがとうございます!

雪切恋歌 前編


 その村では、雪女の歌を聞いたものは山に連れていかれると言われていた。

 ふと思い立ったように、夜中に歌が聞こえてくる。

 その美しい歌声にたちまち心は捕われ、その者は操られるように雪山に去っていくのだそうだ。

 だからその村の人々は、夜は戸をしっかりと閉めきったことを執拗に確認する。

 誰も雪女に連れていかれぬよう。 特に、若い男や子供がいる家は。

 村人はその雪女をある名前で呼ぶ。



――結ゆい、と。





 その村に、一人の男が訪れた。 名は助六すけろくといった。

 姓はない。寺に捨ておかれていたのを拾って育ててもらったからだ。

 雪女に悩まされる人々の噂は、助六のいる寺にも届いていた。

 そこで寺の和尚に、助六は様子を見てくるよう頼まれたのだ。

 助六には、見えないものを見る力もあり、そのせいもあるのだろう。

 それから、雪深い寒さ厳しいこの土地に来るのもなかなか大変である。

 その能力のために、若いがそれなりに場数を踏んだ者が寄越されるのも、なるほど道理と言える。

 助六は、さっそく話を聞こうと、まずは村長の家を訪れた。

 というより、家の中で温まりたいというのが本音なのだが。

 髪は剃ってはいないが、僧の格好をしている助六ではあったが、話をそれなりに通していたため、すんなりと中に入れてもらえた。

 そして村長から、雪女――結の話を詳しく聞いた。



「いつからかは知らんが、少なくとも俺の爺さんの時にはいた。歌いだす夜に何の規則性も見当たらない。そして、その歌声を聞いてしまったものは、誰彼かまわず雪山に連れていってしまうんだ。正確には、聞いた者が自分から山に向かうんだがな。だが雪女の仕業に違いあるまい」

 助六は、その晩は村長の家に泊めてもらい、夜を明かした。

 そして次の日の朝、助六は村の裏にある山に向かっていた。

 雪女がいるというその山に。





 山の上へと登っていけばいくほど、天候は悪化していった。

 雪も風も激しく助六を打った。 白く視界が閉ざされていく。

 雪もより深くなっていき、前へ進むのが難しくなっていった。

 さらに、防寒具をつけていても、容赦なく体温を奪われ、そのせいで足も動かしづらい。

 そろそろ引き際かと考えたその時だった。



 音が消えた。



 相変わらず周りは白かったが、閉ざされた圧迫感も消えた。

 助六は何事かと、辺りを見回す。

 すると、今までいなかったはずなのに、目の前に急に全身真っ白な女が現われた。

 髪も白い、肌も白い、着物も白い、帯も白い、その瞳も、やや冷たく青みを帯びているが、白かった。

 白く、濁っているのか。 助六はその目に違和感を覚えた。



「お前は何者だ」

 誰何の声が助六の耳に届いた。

 目の前の女の口が動いたから、恐らく女の声だろう。

 というのも、その声が山全体から聞こえてくるようで、どこから聞こえたのかつかめないのだ。



「……俺の名は助六という。お前は……結、か」

 こんな雪山で女が一人など、雪女以外に考えられない。

 女はにやりと口を歪め、助六に近づいてきた。

「そう、私は結。私を知っていて、なぜお前はこの山に来たの」

 女――結はそう言うと、うかべていた笑みを消し、助六の頬に手をそえた。



「!」



 助六は思わず身を退いた。

 なぜなら、彼女の手に触れられた場所から不審な音がし、その頬にしびれるような痛みがはしったからだ。

 助六が触れてみると、冷たかった。

 そして、触った自らの手に水がついた。



 凍っていたのだ。



 助六の驚いた顔を見て、結は小さく声を出して笑う。

 その声も、小さな氷の粒がぶつかり合うような音に聞こえた。

 助六は驚いてばかりはいられないと、なんとか我に返る。

「ならば俺も聞く。村の者が歌の聞こえる晩に姿を消す。それはお前のしたことか。俺はそれを調べに来た」

 結はその言葉を受けて、急に顔を曇らす。

「知りたければ自分で探しなさい」

 そう言うと、結は一瞬にして、何もなかったかのように消えた。

「……俺は答えたのに」

 助六はしばしその場に呆然と立っていた。





 助六はまた山を登っていた。

 天候は相変わらず悪かったが、あぁ言われてしまっては、そのまま帰るのはなんだか悔しい。

 何かを見つけて帰りたい。

 調べろと言ったのだから、調べてやろうじゃないか、という気にもなる。

 雪をかいて進むたび、足がしびれていくが、助六は気にせず進んだ。

 手足に力を入れづらくなっているため、なるべくなだらかな所を選ぶように登る。



――だいぶ登ったな。

 助六はふと立ち止まり、辺りを見回した。

 助六は、吹雪が少し弱まったような気がしていた。

 雪はまだ細かく降っているが、肌を突き刺していた風が少し弱まったように感じる。

 だから、周りの様子を少し見れるようになっていた。

――……あれ……。

 助六は前方の右側に妙な風の流れを見つけた。

 雪の塊しか見えないが、雪が流れているのとは違う動きをする場所がある。

 何かと思って近寄ってみると、人一人が入れるぐらいの洞穴があった。

 中は真っ暗で様子を探ることはできず、入るのがためらわれるが、助六は意を決して穴の中へ進んだ。

 入った時、何か外と違う匂いを感じたが、気にしないことにした。

 風は穴の入り口で踊るだけで、中にはそれほど強く入り込まなかった。

 真っ暗な中では何も見ることができない。

 助六は明かりをつけた。

 温かな火は、自分の中のぬくもりをまた改めて感じさせてくれる。

 と思ったのも束の間。



「!!」

 明かりをつけて目に飛び込んできた中の様子に、助六は息を飲んだ。

 助六の周りには、たくさんの人が重なるように倒れていた。

 そのどれも、青白い顔して、目を閉じている者もいれば、宙に虚ろな目を向けている者もいた。

 しかし、温かな息をしているような気配は全く感じられなかった。

 よく見なくても、生きていないことはなんとなくわかった。

 入る時に嫌な予感はしていたが、的中してはほしくなかった。

 もしかしたら、この中に行方不明になった人達がいるかもしれない。

 しかし、助六が見たところでその確認はできない。

 遺体の確認は早い方がいいだろう。

 それに、退く良いきっかけにもなった。

 助六は、我慢してきたが、一度落ち着くと手足の冷えがひどく辛い。

 凍傷だけは御免こうむりたいところであった。

 助六は、一度山を下りることにした。

 そうして村に着いた時には、少しふらついてしまうぐらい助六は疲れ切っていた。

 山を登っている時は全く感じていなかったが、やはり疲れがたまっていたのであろう。

 そうして村長の家になんとか着いた助六は、荒い息の中、なんとか洞窟のことを伝えると、緊張が切れたのか倒れこんでしまった。





 助六が気づいた時、彼はちゃんと布団をかぶって寝かされていた。

 傍らにいた村長は、助六の話を村の皆に伝えたら、すぐに代表して村人数名が山に向かったと話してくれた。

 村長自身は、村を守る者として、また助六の様子も見るために残ったという。

「……それから、聞いてもらいたいことがあるんだ……」

 村長は、神妙な面持ちでそう切り出した。

 助六も、じっと耳を傾ける。

「……実は結は、この村の者だった……」



 村長のひいひいひいひいひいじいさんの頃の話、結はこの村でごく普通に暮らしていた。

 ただ違うのは、彼女には両親がいなかったということだけ。

 村の者と縁があったらしく、両親が死に、親戚の間をたらい回しにされ、行き着いたのだ。

 もちろん生活は豊かでなかったが、器量も良く、美人であった結は、この辺りの地主の息子に見初められた。

 少し人見知りをするのか、あまりお喋りをする方ではなかったが、彼女には悪いところは見当たらない。

 なぜ親戚の間をたらい回しにされたのか。その理由は彼女の声にあった。

 彼女の声は不思議なもので、街にできた作物を売りに行った時に、客寄せのために調子をつけて宣伝をすると、客が引き寄せられる。

 最初は皆ありがたがっていたが、次第に気味悪がられ、災いを呼ぶ声と言われるようになった。

 そして、それに引き寄せられたのが別な意味の客だった。

 彼女はその地主の息子に囲われることになった。

 村人にとってもありがたいことだった。

 災いを呼ぶ娘が去るのだから。


つづく(中編へ)





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