...小説


見つめる太陽 前


 なんだ、変な夢を見て、目が醒めた。


 目が醒めると同時に腹が鳴って、空腹だと知る。
 石の洞窟の奥はひんやりと暗くて、寝床には最高の場所だ。たぶん生まれてからずっとだろう、ここが俺の家なのは。
 洞窟を出て空を見ると、もう太陽が色濃くなり始めていた。
 今日は一日中寝ていたので食料は少しも無い。今のことしか考えない主義なので、腹がいっぱいにならない限り捕った獲物を残すことはしない。
 夕方だということは、早くメシ探しをしないと暗くなってしまう。本来夜行性のはずなのだが、俺は夜は寝たかった。
 長い自慢の尻尾を揺らして、欠伸をした。


 どこかにデカイ獲物はいないものか。鹿でもいれば腹は大分満たされるだろうに、いる気配は全く無い。
 さっきから腹がうるさい。
 行く当てなくぶらぶらと獲物を探すが、こんな日に限って虫すらいない。小さい虫はいるが、それでは空気を食べるようなものだ。
 せめてキツネ、いやウサギ、いやいやネズミでも良いから出て来ないか。
 沈んでいく太陽を見つめた。
 さっきの夢で見たのか、この光景。見つめる太陽に見覚えがあった。いや違う。太陽を見つめる自分に覚えがあった。
 突然、鼻をくすぐる良い匂いがした。獣の匂いだ。
 微かにある匂いを逃さないように、そっと体を動かし、匂いの源へ近寄る。
 太い木が多いここは自分の体を隠すのに良いが、獲物の匂いもおかげで逃しやすい。草と木の匂いが強いのだ。歩く音も枝が風で揺れる音に掻き消されやすい。それでもここに留まるのは、あの洞窟があるからだ。
 近づく獣の匂いに気分を良くする反面、標的が小さいと分かり少しがっかりした。しかし向こうは移動する様子はないので、それは嬉しかった。
 ついに目の届く範囲に来た。汚れた白い毛に長い耳が見えたのでウサギだと分かった。ネズミじゃないだけましだ。
「オラー!! 捕まえたぜ!」
 一気に飛びかかり前足で相手の動きを固めた。そのまま口を大きく開けてかぶり付こうとした。
「ま、待ってください、トラさん!」
 ウサギの分際で俺に待てと言うか。土で汚れた前足で顔をぐいっと押し戻された。ウサギにそんな力は無いが、こんな小さい奴に刃向われたことが無いので、驚いて顔を引いてしまった。
「残念だな。待てるほど俺はやさしくないんだ」
「聞いて下さい! 私は食べても美味しくありませんよ! ほらほら痩せてて骨だらけですし」
「腹が減ってるときは骨でも上手いんだよ」
 もう一度口をあんぐり開けて牙を見せつけた。早く食わせろ。
「じゃ、じゃあ、一つだけお願いしたいことがあります!!」
「あ?」
「それを聞いてくれたら私を好きなように食べてくれて構いませんから」
「・・・・・・俺を騙す気か?」
 以前、キツネに騙されたことがあった。人(この場合は動物か)の良い顔をしてるので、付いていったら見事に逃げられていた。
 あのキツネもこのウサギも同じことを言った。
「いえいえ、とんでも無いです! 私はここに来たばかりで、家族も友人もいませんから未練はありません」
 ただ一つだけの目的でここに来たのです、とウサギはきっぱり言った。
「その目的を叶えさせろというんだろ。それで逃げようっつーことだろ。見え見えじゃねえか」
「逃げるつもりはございません! なんでしたらあなたも付いて来てください。そうしたら目的を果たした途端に私を食べればいいのです」
 キツネよりは真剣だな。
「その目的とはなんだ?」
「ある場所へ行きたいのです」
 それが何処にあるのか分からないのですが、と付け足した。
「何処にあるか分からないで、どうやって果たすんだよ。まさか一緒に探す旅に付き合えってんじゃないだろうな」
「・・・・・・あの、トラさんはどれくらいここに住んでいるのですか?」
 いきなり話が変わったように感じ、良い気分はしない。
「生まれてからずっとだ」
「ではご存知でしょうか、あの丘のことを」
 ウサギの言う『あの丘』・・・・・・ここに住む動物ならみんな知っている。ほとんどがそこに行ったことがあるはずだ。
 その丘はこの地と外の地を分けるようにある。丘の頂上から見る外の景色は素晴らしいとみんなが口に出す。丘から見る外にはこの世の物とは思えない形のものが星の様に群がっていて、そしてそれらは太陽の光を反射してキラキラと輝いているのだそうだ。雨があがり虹がかかるとそこは虹の端にすっぽり埋まってしまって、それは絶景だという。夜になり暗くなると太陽の光を日中溜めていたかのように、今度はそれらが光りだすというのだ。
 しかし、一番綺麗なのが夕方で、向こう側からさす陽の光がなん方向にも曲がって、丘を照らし、丘に立つ自分を照らすのだ。
『まるであれはこの世界の終わりのように美しかった』
 とサル(生きてる)が言ったこともあった。
 行ってみたいと何度も思った。けれど、俗に流されるようだと、意地をはって今まで行かなかった。
「知ってるよ」
 そう言うとウサギは顔を輝かせた。これから食べられるというのに、なんて奴だ。
 一緒に行ったって悪くは無いと思った。
「私はそこに行きたいのです。もし良ければそこへ案内していただけないでしょうか? そうすれば私は逃げることなんて出来ませんから」
「・・・・・・わかった」
 さも、俺はその場所に行ったことのあるフリで言った。


 もともとこの地はそんなに広くないから、丘までの距離はそんなにない。地形も単純なので簡単に行ける。
 太陽が赤さを増した。急がなければ夕方までに間に合わない。
「私はその丘の噂を聞いてここまでやって来ました。この長い耳で聞いているより、自分の目で見てみたいと思ったのです」
「そんな理由で家族も友達も置いてきたのか?」
 なんて勿体無い話だ。俺には欲しくてもそんなものいないのに。
「・・・・・・そうですね」
 ウサギはそう言って笑顔を送ってきた。腹の立つものだ。
 トラの中で自分が孤独だと感じているのはたぶん俺だけだろう。他の奴らは独りなのを楽しんでるようだ。自分は本当にトラか、と思ったのは何度もある。ときどき自分を水に映して見る。だけどそこにはトラしかいない。自分がトラ以外では考えられなかった。
 でも中身はウサギのように小さい。そんな自分が嫌で一日中水辺にいたこともあった。つまらないことで意地をはって、つまらないことに拘る。食べ物を残さないのも、頭の良いキツネやウサギのする事のようで、我慢ならない。
 今、横に並んで歩いているウサギは逆のようだ。食べられるのも潔く認め、自分のしたいことは仲間を捨ててまで貫く。孤高のトラに相応しい。
 情けないが、羨ましい。腹が立つ。
「すぐ着くからもう喋るな」
 そう言うと、ニコリと笑って、それ以来黙った。
 ウサギの赤い目は泣いているように見えて驚く。だけどすぐ気のせいだと分かった。



つづく(後編へ)





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